2020年9月4日金曜日

「神様はじめました」考察 アイスクリームは何だったのか?孤独な少女が家族をつくる物語【奈々生のテーマ】

本記事は、『神様はじめました』(鈴木ジュリエッタ著、白泉社刊)を考察するものです。
※ 作品の登場人物や内容に言及があります。ネタバレを含みます。原作漫画を未読の方は本記事を読まないことをお勧めします。
※ 単なる個人による感想・考察です。
※ 画像は全て 『神様はじめました』(鈴木ジュリエッタ著、白泉社刊) より引用させていただき、個別に巻・話を表示しております。


今回の考察内容

  1. アイスクリームは何だったのか? 
  2. 奈々生の結婚に対するトラウマは解消されたのか? 

奈々生の心情の変化とアイスクリームが意味するものについて、考察したい。

家族の象徴としてのアイスクリーム


本作品中、何度かアイスクリームが描かれる。アイスクリームは奈々生がほしかったもの、すなわち、「家族」を象徴するものの一つだ。また、本作品における巴衛との関係性が家族構築であることを示唆するものの一つでもあったのだ。

実は、第1巻ですでに巴衛とアイスクリームを食べるエピソードが描かれている。

以下詳しく見ていきたい。

十二鳥居の奈々生は、過去の奈々生ではなくて、高校生奈々生の意識が12年前に戻ってるだけ。そして、読者も巴衛も、奈々生の無意識の本音を垣間見ているのだ

アイスクリームは、幼い頃の奈々生が欲しかったもの、つまり、家族の象徴の一つだった(第11巻)。

第11巻

幼少期、アイスをねだっても与えない父親のイメージ。これは、家族を顧みず最後は捨てた父親の暗喩である。

第24巻第143話
そして、成長した高校生奈々生は、バイトしてアイスクリームを食べていた。

第1巻

「1人で太る」、つまり、誰にも頼らず、一人で生きていく、ということが奈々生の無意識の生きる指針だったが(第11巻)、実はこの第1巻の時点ですでに示唆されていた。

そして、第1巻で、巴衛とアイスを食べているが、このアイスは、巴衛がおごったものだった。「俺はお前にアイスをご馳走するために街まで来たのではない」という台詞から。


第1巻
アイスを与えなかった父親、つまり、家族を捨てた父親と、対照的ではないか。

この描写は、巴衛が家族を与える、あるいはこの時点で、巴衛が奈々生にとっての新たな家族になった、ということを示唆する。

一方で、第11巻になると、巴衛は、アイスクリームを出すものの、奈々生は受け取らない。目の前にあったけれど、たぶん見てるだけで口にはしていないのだ。描写もないし、笑顔になった風情もない。一方、高校生奈々生は、瑞希にあげてしまう。

第11巻

この時点で、奈々生は巴衛に片想いという状況。たぶん、奈々生はもはやアイスクリームという家族の代替物で満足するのではなく、本当に家族がほしかったのだろう。

本作品では登場人物の台詞は本音とは限らないのが特徴。「一人で太るもん」という小さい奈々生の台詞は、本当は「家族がほしい」という気持ちの裏返しなのだ。

だから、アイスクリームでは笑顔にならなかった。そこで、巴衛が言葉にする。

「けっこんして新しいかぞくを作るってこと?」「…いやまぁ…」「やだっななみけっこんしない」(第11巻)

奈々生の心の底にある願いも結婚と読める。裏返しだが、心の底では、巴衛と結婚して新しい家族を作りたいということだろう。

奈々生本人は、幼い頃のことを覚えていない。

11巻の時点では、十二鳥居での巴衛のプロポーズを経た後、奈々生の台詞が「結婚しないわよ 絶対」から、「結婚しないわよ 多分」に変わった。覚えていないけれど、結婚に対する気持ちが少し前向きになったのだ。しかし、結婚に対するトラウマが解消したわけではなかった。

そのため、二人の結婚前に、これが解消される必要があった。そこが描かれたのが24巻最後のエピソード。

第24巻になると、もはや現物のアイスクリームは出てこない。


第24巻第143話

その代わりに、「アイスを与えなかった父親」のイメージやら、「アイスを手にもつ巴衛」のイメージやらが出てくる。巴衛は両手に1個ずつもってるから、奈々生の分と自分の分で一緒に食べるということだろう。

前者のイメージは、家族を捨てた父親、後者のイメージは、これから奈々生と結婚して家族になろうという巴衛のそれぞれ比喩なのだ。

このときの奈々生は、過去のトラウマからくる不安と、巴衛と作る家族に夢を見たいという希望がないまぜになった状態。

結婚して家族を作ることの期待と不安でいっぱいなのだ。過去の経験から、現在愛されていても「幸せになれないかもしれない」という気持ちは、遠い先祖である雪路とも共通する。

巴衛の持っているもののイメージが、花束とか指輪じゃなくてアイスであるのが奈々生らしいが、幼少期のトラウマスイッチがはいっているのだから切ないものだ。

第24巻第143話
巴衛から、お前が幸せになるにはどうしたらよいのかと聞かれて、お金とアイスクリームを挙げている。これは本当にお金とアイスクリームを欲しているのではないだろう。奈々生がまだ過去のトラウマに囚われている証左なのだ。

それに対して、巴衛は、十二鳥居(11巻)の時はアイスを出していたが、今度はもう妖力でアイスは出さないで、言葉で素直な気持ちを伝える。食べ物ではなく心を言葉にすることが大切だと知ったからだ。

「お前が金銭に憂いていれば俺が賄うだけのこと 夢を見たいなら見せてやる だから望む人生を歩け どこだろうと隣には俺がいる 俺の夢はお前を世界一幸せにすることだ」(第24巻第143話より)

第24巻第143話



巴衛の言葉をきいて、奈々生もようやく安心しするのだ。やがて人間となる巴衛と一緒に幸せに生きていくという夢をみてよいのだと。

奈々生の結婚アレルギーというか、生育環境のトラウマが解消されたのかは定かではない。そう簡単に拭いきれるものでもないので。しかし、巴衛と新たに家族をつくることに前向きになったことは確かだ。

そして、多分、巴衛は奈々生がアイスに何を見ているかは最初から最後までわかっていないだろう。おそらく奈々生自身も無意識である。しかし、奈々生が何か不安を感じてることはわかってて、ちゃんと言葉にして伝えてあげるようになった。彼の成長の著しさを示すものだ。

奈々生の不安スイッチはこの後も何度か入るが(結婚式の日とか10年後とか)、そのたびに巴衛は気が付いて、声掛けしている。彼自身も成長したものだ。

巴衛はここでも求婚していたのか?


この第143話は、実質、十二鳥居回の高校生奈々生版だである。奈々生を笑顔にしたい巴衛が、手を変え品を変え、尽くすお話しだ。

「お前が金銭に憂いていれば俺が賄うだけのこと 夢を見たいなら見せてやる だから望む人生を歩け どこだろうと隣には俺がいる 俺の夢はお前を世界一幸せにすることだ」(第24巻第143話より)

台詞の実質は同じだ。俺がそばにいるから笑ってほしい、幸せになってほしい、と。

本エピソードが十二鳥居とリンクすることからも、やはりこの巴衛の言葉も求婚のつもりで発せられたのかもしれない。しかし、肝心の「お嫁に来てくれるかい」も「結婚してくれ」もない。だから、奈々生本人は求婚とは受け取らず、「とっくにかなってるよ」と言っている。



「おにいちゃん」としての巴衛?


第11巻で、小さい奈々生はお母さん相手に、「ななみ おにいちゃんほしかった」と言っている。そして、その後で巴衛を「おにいちゃん」と呼ぶ(ちなみに、瑞希は「人さらい」)。

第11巻


奈々生は一人っ子でお母さんも早くに亡くなってしまい、父親はろくでなし。頼れる家族がいなかった。だから、年上の頼れる家族がほしかったのだろう。

当初、ここをもって、巴衛は奈々生の「おにいちゃん」ポジションだったのかと誤解した。また、巴衛も従者というよりは、庇護者のように振舞いたがっていたからだ。

しかし、今となっては、それほど深い意味で言われた台詞ではないとわかる。巴衛はお兄ちゃんポジションではない。

「おにいちゃん・・・」という巴衛の反応も今にして思えば微妙だ。彼自身しっくりきていないのだ。

第1巻の時点では、巴衛は、アイスを食べてる奈々生を見て、現世に未練があるのだろうと拗ねている。

1巻
それに対してばかね、という奈々生は姉のようでもある。
むしろ彼女の方が精神的には大人なのだ。


和菓子と洋菓子


巴衛から奈々生への想いが「笹餅」という和菓子に表象され、
奈々生から巴衛への想いが「アイスクリーム」という洋菓子に投影されるのも、
なんだか対比のようだ。

奈々生がアイスクリームに何をみているかは、おそらく、巴衛は理解してない。

しかし、奈々生の不安な気持ちを受け止めて、要所要所で大事な言葉をかけてあげる巴衛は、優しいし、彼自身もまた、巻数を経るごとに、少しずつ大人になった


瑞希について

また、十二鳥居編で、奈々生が(巴衛に事後承諾で)瑞希にアイスクリームを渡すのも、奈々生が瑞希を神使とした経緯、つまり、奈々生が瑞希を家族の一員として連れてきたことの暗喩ともとらえられる。

十二鳥居の小さい奈々生は高校生奈々生の意識が退行した姿であり、奈々生は瑞希が最初は人攫いだったがゆえに、「人さらいだ」と呼びかける。

そんな瑞希も、奈々生の心に触れて、神使に、いわば家族の一員になった。

初見では、十二鳥居では、瑞希が人さらいと呼ばれてかわいそうだなと思ったけれど、そんなことはなかった。奈々生は、ここでも最後にちゃんと瑞希に手を差し伸べていた。

神使に徹する瑞希との対比も含め、瑞希もストーリーの役割として必要だったから三人で出かけたのだ。


まとめ

アイスクリームは、疑似家族からスタートして最終的に本当の家族となるという、奈々生からみた、巴衛と奈々生の二人の関係性を象徴するアイテム。

1巻では、一緒に食べてるアイスクリーム。仮初の家族関係がスタートした直後。奈々生の気持ちは「1人で太る」のまま。

11巻では、アイスクリームでは満たされなくなっている。「1人で太る」と思って生きてきたけど、やっぱり家族がほしくなってるから。

24巻では、アイスの現物はもはや登場しない。奈々生からすると巴衛と家族をつくる未来が現実のものとなりつつあるから。また、巴衛が物ではなく言葉が大切だと知ったからだ。

もう奈々生は家族のいない心の寂しさを埋める代わりにアイスクリームを食べる必要はなくなったのだ。