2020年10月2日金曜日

『ブスに花束を。』(作楽ロク)と「器と本質」問題

最新話を読んだら書きたいことが出てきたので雑感をしたためる。


日本の神話では、黄泉の国で腐りかけたイザナミ様をみてイザナギ様が「あっ」と叫ぶ。これが日本における「器と本質」問題の始まりである。

イザナミ様とイザナギ様は別れ別れになり、地上の世界と黄泉の国とは、永久に行き来できないことになる。また、地上では一日千人が死に、千五百人ずつ子どもが生まれるようになる。

日本神話における最初の夫婦神であるイザナギ様とイザナミ様ですら「器と本質」問題でケンカ別れしてしまうのだから、これはもう、人間の考え方に内在する原初的論点なのだろう。

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イザナミ様とイザナギ様の頃から連綿と続く、「器と本質」問題。

これを正面から描き切っている近時の作品が『ブスに花束を。』(作楽ロク著)である。

主人公の田端花は女子高生。ビジュアルは美少女の反対(所謂「ブス」)である。

主人公をブス設定する漫画は他にもあるが、本作では、絵柄が本当にブスに描いている。他のキャラクターはイケメン・美少女も出てくるので、作者の作風ではない。本当に「ブス」の設定だということを読者にまざまざと示しているのだ。

性格も教室の隅っこにひっそりと生息する、所謂陰キャラである。

このような彼女の相手は、スクールカーストの最上位、見た目も性格もイケメンな上野陽介くん。まさに太陽みたいな男の子だ。

中学時代の武勇伝を後輩に語らせればまさに伝説の数々。街に繰り出せば芸能事務所にスカウトされたことだってあるのだ。

現実世界ではおよそ想定し難い組み合わせなのだが、この二人の間で恋が育まれていくのである。

しかし、二人の間に歴然と存在する格差により、花は陽介に好意を向けられても素直になれない。交際がスタートしても、クラスメイトから隠すのだ。上野くんに迷惑がかかるといけないと思って。

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実は花が自らをブスと思っているのには過去の経緯がある。かつて、中学時代、ある少年の漏らした心ない「ブス」という言葉をきいてしまった花は、以降、自らを「ブス」と認識しているのだ。まさに「言霊」の威力である。

昔の人々は、「言霊」を信じていた。言霊とは言葉のもつ不思議な力。発せられた言葉には力が宿り、その言葉を発すると言葉通りのことが実現するのだ。言葉は単なる伝達手段だけではなく、発せられた言葉に物事を実現させる力がある。

思慮を欠いたとある少年の一言により、ヒロインは自らを「ブス」と認識した。そして、その影は、中学を卒業して高校に進学した彼女の心の持ち方にまで影響しているのだ。

(甘酸っぱい少女漫画みたいな恋はきっと私には訪れない…なぜなら私はブスだから…)(第1巻第1話「喪女とリア充」)

しかし、花の「本質」を見れば、人を思いやり、気遣う優しい女の子だ。花のお世話が大好きで、毎朝誰よりも早く登校して花瓶の花を替え、誰もやりたがらない花壇の世話も真面目に取り組み、ミミズが出ようが土まみれになろうが、厭わない。

そのような彼女の「心」の美しさ、すなわち「本質」を見るのが、相手役の上野少年である。

陽介は天然キャラ設定であり、おそらく彼の澄んだ目には花の本質が映っているのだ。

(田端が一番可愛いじゃん)(第4巻第24話「君と花火が見たい」)

「俺の好きな子は大人しいんだけど喋ると楽しくてお花の世話が好きで笑った顔が可愛い子」(第53話「成長痛」(ヤングエース 2020年11月号))

上野くんの花に向けられた純粋で真っ直ぐな想いは、次第に花の心をほぐし、花は次第に自分の気持ちを外へ向けて発信できるようになる。

時にクラスメイトから本当に「ブス」と言われてしまうヒロインが、いかに自らの自己肯定感を取り戻し、彼女自身の「花」を咲かせるのか。一読者として見守っていきたいと思う。


ブスに花束を。 (8)