2020年10月3日土曜日

「神様はじめました」考察 黒麿の「契約」の意味と「呪い」を解く方法について(第17巻第99話)

本記事は、『神様はじめました』(鈴木ジュリエッタ著、白泉社刊)を考察するものです。
※ 作品の登場人物や内容に言及があります。ネタバレを含みます。原作漫画を未読の方は本記事を読まないことをお勧めします。
※ 単なる個人による感想・考察です。
※ 画像は全て 『神様はじめました』(鈴木ジュリエッタ著、白泉社刊) より引用させていただき、個別に巻・話を表示しております。


黒麿と巴衛の間の人間にする契約の条件の意味や、呪いを解く方法の意味が難解である。かんざしを渡すだけでなく、なぜ、「その女と一生を添い遂げる」という条件が出るのだろうか。


黒麿の「巴衛を人間にする契約」の意味


黒麿の契約条件は以下の通りである。
「これは私とあんたとの契約だ 私が次の満月の夜までにあんたを人にしてやろう ただしその条件としてあんたはその女と一生を添い遂げないといけない もし守れなかったらその呪紋があんたを食い殺すよ」 「ではこの契約のしるしとして誓いをたてる品物を差し出してもらおう」 (第17巻第99話)

しかし、その意味は一見、理解しがたい。難解である。品物を渡すだけでなく、なぜ、「その女と一生を添い遂げる」という条件が出るのだろうか?

そもそも、『神様はじめました』は、「心」や「本質」を大切にする世界観である。このような世界観のもとにおいては、「人間になる」とは「心」と「器」の両方が人間になることにより達成されるのだ。物語の終盤、巴衛は人間の「本質」を見てその輝きの美しさに気が付き、「人間の心」を得たことにより「人間になった」のだ。

このような視点から、過去に黒麿が要求した条件を噛み砕くと、

「器」(物)は、自分が人間にしてやるから対価として品物を差し出しなさい、

「心」は、巴衛が自分の責任で人間の心になってきなさい、

ということである。

人間の心とはすなわち、人を愛すること。心の中に大切な存在がいて想うだけで温かくなる状態であることだ。

「その女と一生を添い遂げないといけない」という言葉の「本質」は、誰かを愛し、大切に想うという、「人間らしい心」になってきなさいということだったのだ。

巴衛が木の葉で自分や他者の「器」を変えられるように、「器」の変更は妖力や神力の強い者ならできるのだろう。「器」は「本質」ではないからだ。

第2巻第8話

しかし、「心」は「本質」であり、本人が変わろうと思わなければ変わらないのである。

だからこそ、黒麿は、巴衛自身に「人間の心」に変わることを求めたのだ。


「対の姿をとる」黒麿とは何者なのか(第16巻第95話)


「私はね誰かと繋がりたいんだ 深く深く…私にとって「契約」とは相手と密な繋がりを持つこと 約束という絆で結ばれ運命を共にするということ そのために対の姿をとるのさ」(第16巻第95話) 

相手と繋がり、運命を共にし、対の姿をとるという黒麿の正体はおそらく「鏡」である。だからこそ次の満月の夜までを期限としたのだ。古来、満月は鏡である。月を見て自分の心に向きあったのだ。

黒麿が「次の満月の夜」を期限としたのは、黒麿自身が月でもあり、鏡でもあるからだ。

古来の人々は、鏡を見て自らの心と向き合い、自らと対話し神に近づこうとした。

すなわち、黒麿は、巴衛に対して、「心と向き合い、心の中で大切な存在を想う」という人間の心のあり方になることを求めていたのである。


「巴衛が雪路に先立たれて条件を満たせなかった」(第17巻第99話)とは


「私はここで死ぬ 巴衛が雪路に先立たれて条件を満たせなかったように…私も巴衛を人にできなかったのだから…約束を守れなかった私達はお互いツケを払わなければならない」(第17巻第99話)

巴衛は、一旦は奈々生を愛したことにより、人間の心に近づいたのだが、奈々生=雪路と勘違いしたため、雪路の死により奈々生を喪失したことになり、心の中にいたはずの大切な存在が喪失してしまう。

おそらく、期限たる次の満月の夜より先に雪路が死亡し、「人間の心」を得る機会を逸したのだ。

メタ的には、巴衛が人間になるためには「心」も「器」も人間になる必要があったのに、人間の心を得る機会を失い、あるいは、人間の「心」を得る前に「器」だけ人間に変えようとしたから呪いが発動したのだ。

巴衛が「心」の条件を満たせなかったために、黒麿も巴衛を人間にすることができなかった。

しかし、「器」のほうにかけた何某かの力は呪いとして作動した。


「巴衛を人にできなかった」(第17巻第99話)


「私はここで死ぬ 巴衛が雪路に先立たれて条件を満たせなかったように…私も巴衛を人にできなかったのだから…約束を守れなかった私達はお互いツケを払わなければならない それが私の「契約」」「私はね誰かとつながりたいんだよ深く深く…長い年月独りで生きるよりも約束という絆で結ばれた者と運命を共にして果てる それが私の本懐」(第17巻第99話)

黒麿は鏡である。おそらく、巴衛が人の「心」になっていればそれを映してやって、巴衛の「器」も人間にできたのだろう。

しかし、巴衛の心は人の心にならなかった。だから巴衛を人にできなかった。むしろ巴衛の心は死んでいたから鏡としてそれを忠実に反射してやって体も死にそうになったのかもしれない。

黒麿も一緒に死ぬのは彼が巴衛を映す鏡だからだ。


呪いが発動したとは(第14巻第79話)


「このアザは神堕ちした邪神の呪紋だ」「呪紋も巴衛の体の一部だからね」 (第14巻第79話)

メタ的には、呪いが発動した巴衛の姿は、「心」が人でないのに「器」だけ人に変えようとしたことによる解離状態である。過去の巴衛は、奈々生を愛したことにより「人の心」に近づいたが、奈々生と思いこんでいた雪路の死により、心の中の大切な存在が消えて「人の心」になれず、呪いが発動したのである。

あるいは、雪路の死にまつわる一連の出来事があまりにつらく、巴衛の心はいわば死んでしまったのだ。そして、「心」の死が「体」にも鏡のように反映したのであろう。



忘却の暗示(第14巻第79話)


500年前にミカゲが巴衛を助けたとき、巴衛は
「愛していた この世で一番 なにと引き換えにしても一緒にいたかった…」(第14巻第79話)

と話していた。そのくらい深く想っていたわけである。

しかし、呪いを一時停止するため、巴衛は、ミカゲの忘却の暗示により、「心」が奈々生と出会う前に巻き戻しされる。奈々生を愛した記憶を忘れるのだ。

「人を好きになる」のは孤独からの解脱なのだが、巴衛を「人を好きになる」前に戻すことにより、巴衛はまたもや孤独になってしまった。助ける為とは言え哀れである。

ミカゲもいろいろ試したようだが、「記憶はなくなっても想いはそこにある」世界観において、巴衛は記憶はなくなっても「喪失の恐怖」に怯え、重度の人間アレルギーである。ミカゲなら簡単には死なないと思い、ミカゲへ益々依存していく。

 そんなミカゲの前に現在から遡ること20年前に、社に突然表れた少女が実は巴衛が500年前に会った想い人と判明したので、ミカゲは少女からきいた話のままに出奔するのである。


暗示が解け、呪いが再び発動したとは(第14巻第79話)


「このアザは神堕ちした邪神の呪紋だ」「呪紋も巴衛の体の一部だからね 暗示が解け巴衛が雪路を思い出すまで発動はしない だが巴衛は彼女を思い出してしまった 呪紋は今度こそ巴衛を殺してしまうだろう」 (第14巻第79話)

巴衛にかけられた「呪い」は、巴衛の体の一部であり、忘却の暗示をかけることにより一旦停止していた。

しかし、ミカゲの暗示は、巴衛が奈々生を好きになったことにより解けた。

暗示が解けたタイミングだが、巴衛は奈々生をずっと前から好きだったし、よく触っていたから、触ったから暗示が解けたわけではない。錦編を経て、巴衛が奈々生と「共に生きたい」「奈々生にそばにいてほしい」という自身の願いに気が付き、「言葉」にしたからこそ、あの時点で暗示がいよいよ本格的に解け始めたのである。

「もうどこにもやらない 飽きるほど愛してやるから俺のそばにいろ」(第13話第77話)

この時、まさにかつて500年前に想ったように、奈々生が「この世で一番」になり、ミカゲよりも奈々生の占める割合が大きくなったからだ。

暗示が解けて記憶を思い出したことにより、巴衛の心は500年前に巻き戻しされたのである。

心と体は一体である。心が当時の状況に戻ったことで、巴衛の体も当時の状況、すなわち、呪いが発動した状態に巻き戻しされたのである。

※ 関連記事 「神様はじめました」考察 「人を好きになると解ける暗示」とは(第14巻第79話)なぜ錦編後に暗示がとけたのか?


契約を無効にするには(第16巻第95話) 


「私の結ぶ契約には決まり事があってね 契約を結ぶためには誓いをしるす品物を私に差し出さねばならない」「お前の男も何かを私に差し出したはずだ 男がその印を取り戻せば契約は無効になるだろう」(第16巻第95話) 


呪いは契約に基づくから契約の無効化が必要であり、心と体の双方を条件として成立した契約だったから、契約の無効化には心と体の両面で「巻き戻し」が必要だったのだ。


「人を好きになる」ことで「心」の面で500年前へ「巻き戻し」

「かんざしを取り戻す」ことで「器」の面で500年前へ「巻き戻し」

「共に生きたい」と強く願うレベルまで想うこと、それがミカゲ様の言う「人を好きになる」ことだった。奈々生を再び愛したことで、巴衛の心に再び大切な存在ができ、「心」の面で、500年前に巻き戻しされたのだ。

そして、喪失したと思っていた「500年前に愛した女」が実は奈々生であると知り、奈々生を取り戻したことにより、巴衛の「心」は、500年前に将来を誓った桜の木の下の頃に戻ったのである。

「私をお嫁さんにしてくれるって約束したでしょ?」 

(その時が来たら あなたの妻になる 約束するわ 巴衛) 

(第17巻第100話)

かんざしは、奈々生との将来の約束の証であり、黒麿との契約の証でもある。

「かんざしを取り戻す」とは、黒麿との契約前への巻き戻しでもあり、ひいては、桜の木の下で奈々生と将来を約束した時への巻き戻しでもあったのだ。

「心」と「体」の両面で500年前へ「巻き戻し」することで、契約は遡って無効になり、呪いもまた消えたのである。

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俯瞰すれば、巴衛の呪いは「愛した女」=奈々生の喪失により「心」が死んでしまったことが「器」たる「体」にも反映して発動したものである。

巴衛は、一度喪失した奈々生を取り戻したことにより、「心」が生き返り、ひいては「体」も元に戻ったのである。

ただし、「器」を人間に変える約束が残っていたので、その対価として黒麿に渡した品物である「かんざし」を取り戻したことにより、契約が遡って無効となり、呪いも消えたのである。

だから、現代の巴衛の呪いを解くためには、奈々生本人が巴衛にかんざしを渡すことが必要だったのである。